自分を好きになる方法の見つける方法


by ONI-MISO
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カテゴリ:東日本大震災( 7 )

東日本大震災4

東日本大震災のレポート最終稿です。



夕飯も食べて一息ついたところで、
近所の知人宅へ安否確認。
その知人と、また別の知人宅へ。
みたいな感じで4人パーティーに。
そこからは、夜回り的な動きを。

ボロくて壊れそうな知人宅回ってみたり、
停電になった地域の友人知人宅を見て回るも、
地元には倒壊してる家はないし、
若い世代の人は、停電してない知人宅に逃れて不在、
残ってるお年寄りは停電なんて、まったく気にしないようだ。
まぁ、戦時なんて、こんなもんじゃなかっただろうし。
つまり、あんまり意味のない夜回り。

しかし、DQNのこういう時の行動力は目を見張る。
自分独りなら、夜回りしても、声かけたりできない。

また、ガソリン不足になるのは火を見るより明らかだったので、
24H営業のスタンドで給油したり。
その時すでに、制限してるスタンドや完売のスタンドもチラホラ。

橋をいくつか渡ったんだけど、
翌日から危ないってんで封鎖された橋もいくつかあった。
今思うと恐ろしいね。

一応、コンビニやドラッグストア覗いてみたり。結果は言わずもがな。

余談だが、ケータイの着信音をアラートっぽい音にしておくと、
また緊急地震速報かと思い、フクロにされるので注意。

特定の場所に留まらず、車で動いてたのは、余震が恐いからって理由が大きい。
3.11~12は一晩中余震が絶えなかった。車でいると揺れる音は聞こえないし、
走ってると、揺れもあまり気付かない。
一番落ち着くハズの自宅が、一番落ち着かなかった。

だから、いつもの溜まり場にいった。
家主の姉が仙台から避難してきていた。
仙台から、僕の地元まで、ずっと停電してたらしい。
僕の地元だけが電気ついてて、すごく安心したって言ってた。

仙台から避難してきていたのに、
原発のせいで、翌日には旦那の地元の青森までいったらしい。
大変だ。

で、さすがDQNども、もう酒盛りと化している。
それはそれで楽しいし、不安も和らぐが、
僕の家には年寄りが2人しかいない・・・。
ってことで、日付が変わる前には帰宅。

しかし、やっぱりとてもじゃないがゆっくりなんてできない。
地階にいないと恐い。
普段は、メシの時以外引き篭りなのに、
ずっと茶の間でテレビ見てた。
まだ寒かったので、コタツにもぐって。

するってーと1時間に1回くらい緊急地震速報。
TVとケータイと鳴りまくる。
とてもじゃないけど、寝てらんない。

こんな調子じゃ、家族全員同時には寝れない。
何かあったら、自分が家族を守らなきゃ、
足の悪い婆さんを運び出したり、
忘れられがちな犬の鎖を外してやったりしなきゃ!
とか思って、朝方まで起きてたら、母親に、
いつまで起きてんだ、TVの音がうるさくて寝れないと怒られたw
たくましいわ~。

んで、翌日から断水が、これまたツラい。
ガラス浴びたのに、シャワー浴びてませんからね。
けど、長くなりそうなので、翌日以降の話は、また別の機会で。
まぁ、そんな機会ないよ。


そんなワケで、これが僕の3.11の行動。
命の危険に晒されたワケじゃないし、読み所もないけど、
今までで一番「普通」じゃなかった日。
翌日からのサバイバル生活も、普通じゃないけどね。
今までで一番助けあった日々。

そういや、原発が爆発した日も、給水所とかスーパーで並んでたっけなぁ。
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by ONI-MISO | 2011-09-06 22:46 | 東日本大震災

東日本大震災3

前回から、かなり間が空いてしまいましたが、地震レポート第3弾です。
過去記事は、読み返してもらうほど短くないし、終わり方も覚えてなくて繋がりが弱いかと思いますが、そこはご容赦を。
それと、過去形だったりじゃなかったりしますけど、その辺も読み流して下さい。
そんなん気にしてたら、いつまでも書き終わん。まぁ、読んでる人なんてほとんどいないんだから、
どうでもいいか。




我が家は家の形を成していた。
ひとまず最悪の状況ではなさそうだ。

一番心配なのは、建物のすぐそばに繋がれている犬だ。
窓ガラスや、屋根の落下でケガなんてしてたらどうしよう。
繋がれているから、逃げようにも制限がある。
しかし、門を通過する前から、いつも通り元気に鳴いている。
いや、いつもより興奮気味かもしれない。

門を通過すると、庭に亀裂が入っていた。
L字に5mくらいだろうか。幅はほとんどないので、生活に影響はない(と思う。
これを書いてる今でもそのままだ。

建物自体は、ところどころヒビは入っているが、
家自体が崩れるとか、そういう心配はなさそうな感じ。感じ、ね。
d0109213_2051836.jpg

↑その後の余震で、今はもっと酷くなってる。

意外な事に、築70年超の離れの瓦が落下していない。
当時の職人さんがいい仕事してくれたのか?

残る心配は祖母だ。
家に入ると、当然ながら散らかっていた。
停電はしていないようだ。
時計を見るに、瞬断すらなかったようだ。
内壁に塗ってある石膏が割れ、剥がれ、床や階段が真っ白だ。
祖母の書斎へ向かうと、茶箪笥が倒れて、
コレクションの急須や湯呑みがかなり割れている。
そんな中に祖母はいた。

かなり焦燥しきって片付けているが、余震が凄いので止めるように言う。
まぁ、なかなかきいてはくれないんだけど。

ひとまず祖母にもケガはなく、落ち着いてるようなので、
恐る恐る自分の部屋へ。階段はスリッパ無しじゃ歩けないほど真っ白。

レポート1にあるように、やはりプラズマ様は落下。


あ、プラズマ落下思い出したら心折れた。
なので、これより↓は淡々と書きます。
まぁ、文章力?あるワケじゃないし、最初からそうすべきだたねw

プラズマ様は落下するし、飲みかけの缶コーヒーがこぼれて、
デスクはベタベタ、CD、DVD、本が散乱。
押入れや窓などの引き戸は開いてるか、外れてる。
鍵は勝手に開いてしまったか、壊れている。
d0109213_2063232.jpg

↑ボッキリと折れてしまってる。

まるで泥棒に荒らされたような?いや、もっと酷いな。
ヤクザが暴れたみたいな感じ?w

身体中汚れてたので、風呂入ろうと思ったら、断水に気付く。
チョロチョロと出るので、風呂に貯めた。

水が出ないと材料があっても料理できないだろうと、
買い出しに出るも、コンビニには既に何もなく(17:00ごろ)
スーパーやドラッグストアは、ダメージが深刻で営業してない。
d0109213_2081094.jpg

↑その後の最寄りのCO-OP。これでも営業中だ。

母親は地震の時は出かけており、18:00ごろ無事帰宅。

晩飯はとりあえず、あるモノでなんとか。

一息ついたが、長い夜は、まだこれから。

3回目で終わらせる予定だったけど、
思った以上に長いので、また。
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by ONI-MISO | 2011-08-23 20:13 | 東日本大震災

ぶとり

そんなワケで、地震太りが酷いんだけど。

体調管理がしっかりしてる人は、
地震太りってなんだよww
って思うかもしれませんが、コレが笑い事でもなく。

まず、地震後は、しばらく怖くて寝れないワケ。
夜中も警報鳴りまくるし。

んで、やっと慣れてきたかと思っても、
仕事が休みっつーか、自宅待機で、
疲れないから、やっぱり寝れないワケ。

んで、所帯持ちでもないし、
周りも休みのヤツばっかだから、
夜な夜な集まったりするワケ。

そーすると、呑んじゃうよね。
酷い時なんて、明るいウチからさ。

でも、コレじゃいかんっつって、家にいても、
やっぱり寝れないから呑んじゃうよね。

まぁ、ヤフーニュースでも取り上げられるくらいに、
飲酒依存が増えてるみたいだから、
僕の周り以外にも、地震太りは大勢いるんじゃないかと。
僕の周りでは、女性に多いかな。

まぁ、そんなワケで、ダイエット再開なんだけど、
禁煙、減煙しつつのダイエットだから、すげぇ恐いッス。
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by ONI-MISO | 2011-05-30 22:37 | 東日本大震災

GW目前♪

ホントは声高に言いたいけど、連休を楽しみにしてる人もいるでしょうしね。
わざわざ気分を悪くさせたくもないので、コチラで。

ちょっと極端な話かもしれません。
もうすぐGWです。
僕の会社も7連休の予定です。
本来なら今ごろわくわくしている頃かもしれません。

が、今、福島県民は県外に出ることは許されません。
車じゃなければ、バレないかもしれませんが、ホテルに宿泊拒否されるかもしれません。

では県内に目を向けると、レジャー施設は、地震の被害で営業できてないところばかりです。

仮にそういうところを避けても、そういう状況では、気持ちも昂りません。
まぁ、もっと苛酷で、遊んでられない人も大勢いらっしゃるワケですが。

余震が怖くて放置状態になっていた、地震の後片付けでもするしかないでしょうね。
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by ONI-MISO | 2011-04-26 20:43 | 東日本大震災

DV

今日はレポートじゃありません。

ラインの写真とか、載せるとアレかなって思って遠慮してたんですが、
普通に外部にも公開されてますね。
PCwatchや日経PCで特集組まれてますので、
良ければ検索してみて下さい。
僕の部署がある棟以外の写真もありますし、
動画もあります。

夕方の地方ニュース番組は、毎日涙なしでは見れないです。
最近は、残業もなく18時ごろには帰宅してるんですが、
復興に向かう様子は、涙を誘います。いやらしい意味じゃなく。

全国ニュースでも、取り扱う話題ではありますが、
なんというか温度が違いますよね。
コレばかりは被災地じゃないとわからないと思います。

余震で、またウチの近くの道路に穴が空きました。
発見した時、空きたてだったのか、まだカラーコーンや車止めもなく、
夜だったので、危うく車で突っ込むトコでした。
今日の帰りに見たら、もう塞がれてました。

巨大地震の後は、DVが増えるらしいですね。
まだニュースとかでは見聞きしませんが、
屋内退避地域などでは、殊更じゃないでしょうか。
心配です。

ココは自分のブログなので、好き勝手書きますが、
SNSとかでは、もう地震の話題はお腹いっぱいって人もいるんでしょうか。
実際、僕の住む地域でも、傷跡はありますが、
もう普通の生活を送っています。
被災地なので、輪番停電もなかったし、
パチンコ屋だって毎日営業しています。

ツイッターも、RTは別として、原発がどうこうとか、
東電がどうこうとか、その道の人しか発信しなくなるんでしょうか。
やらない偽善より、やる偽善とか色々見聞きしましたが、
薄れられていくくらいなら、偽善でもいいから、
地震の話題を発信し続けてもらって、
頭の隅の方で、避難してる人達がいるって覚えていて欲しいです。
これから、何十年も帰れないかもしれない人達がいるって。

そう、もう普通の生活を送っているんです。
自分達はリアルタイムで見てきたので、当然これが「今の」普通ですが、
先日、一時帰省してきた、お隣り山形県の友人が、
地元の普通っぷりに驚いていました。
マスクをしていない僕や、並んでいないガソスタ、
普通に商品が陳列され、営業しているコンビニ、スーパー、
普通に営業している居酒屋、パチンコ屋などに。
お隣り山形の人でさえも、そう思うんじゃ、
遠く離れた人達に誤解されてもしょうがないのかもしれません。

風評被害。
宮城以北だと、有名人の炊き出しとかのニュースが多いですが、
福島だと、屋内退避から計画的避難に切り替えとか、
どこどこの放射線濃度が基準値を超えたとか、
どこどこで採れた野菜の放射線濃度濃度とかのニュースばかりが、
目立ってしまうのかもしれません。
そのせいで、誤解が生じるのかもしれません。
けど、マスコミのせいだと言いたいワケじゃありません。

福島県には、原発が必要だったという意見もあります。
頷ける部分も大いにあります。
前知事に関しては、陰謀説まであるくらいです。

いや、この辺は蛇足ですね。
レポートじゃないので、短くするつもりでしたが、
結局いつもの通り長くなってしまいましたね。
しかも、何も考えないで書き始めたモンだから、
構成も酷い。
でも、それもいつもの通りw
今はいつもの通りが、もの凄く貴重な事だと思えます。
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by ONI-MISO | 2011-04-20 22:10 | 東日本大震災

東日本大震災2

やはり、東日本大震災という呼び名になりましたね。
TV等で、東北が、東北の皆さんが、と言われていると、
ずっと気になっていました。
長野や千葉でも被害はありますからね。

地震、津波、原発、風評被害、余震の五重苦の福島からのレポート第2回です。



出る時は、機械室から出たが、
エライさんに怒られるとイヤだから、
戻る時は、本来の避難経路から。
ところが、アルミ製のドアが歪んで開かない。
結局出る時と同じ、機械室から入った。

階段の表面が割れている。
ジャリジャリと音を鳴らしながら、
自分の部署のある3Fへ。

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ガラスが全部割れ、エアコンやダクトが落下している。
後から聞いたんだが、ケガ人は1人もいなかったらしい。
奇跡的と言っても、大げさじゃないと思う。
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どこがどうなってるか、わからないと思うが、
上の写真には、2人分のデスクがある。
1人は当日欠席で、1人は会議中で、会議室へ。
不幸中の幸いとは、この事だなと。

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僕のデスクもこのありさま。
写真ではわからないが、ダクトの陰では、
電線から火花が飛び散っていた。
開けたばかりのコーヒーがこぼれ、
全てがベタベタになっていた。

柔構造かもなんて書いたが、こんだけ壊れてしまったのでは、
柔構造だとしても意味がないので、
恐らくは耐震構造的に問題があるのだろうね。


部署の状況はわかったので、荷物を取って、サーバー室へ向かう。
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14:46頃で止まっている時計が、あちこちに落ちている。
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下の階が見えてしまっているところもあった。

もちろん、作りかけや試験中のパソコンも落下していた。
さすがに再生品に回す事もできないだろう。
意外な事に、一体型は無事なのが多かった。
設計の人達の仕事振りがわかる。


サーバー室に近付くと、6畳くらいある、
巨大なエアコンユニットが道を塞ぐ。
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こんなのが、4つも落下していた。
エアコンユニットなので、辺りは水浸し。
これでケガ人がいなかったんだから、
ホントに奇跡だと思う。

なんとかサーバー室に入ると、天井は一部落下していたが、
サーバー自体は無事。
d0109213_168132.jpg

ラックサーバーで、キャスターが付いてたのが救いだったんだと思う。


手の施しようがないとわかったので、
余震もおさまらないし、長居は無用と、
定時前だが、帰宅するよう上から言われる。

僕はチャリ通だから、ただ帰ればいい話だが、
もちろん、電車も止まってるので、
エコ通勤のモデル企業にも選ばれてるくらいで、
帰れない人はたくさんいただろう。

本社からの出張者も、パッと見30人くらいはいただろうか。
(制服じゃないので、すぐわかる。)
後から聞いた話だが、新潟経由で帰ったそうな。
福島駅までいくのも、大変だったろうに。


ウチが心配だが、怖くて帰れない。
これだけ大きな建物が、これだけ大きなダメージを受けてたんじゃ、
築40年のウチなんて、どうなってるか想像もできない。
ましてや、年寄りや鎖で繋がれた犬もいる。

真っ先に帰るべきなんだろうが、街の様子を伺いながら帰る。
そうすれば、ウチがどうなってるかも、想像ができそうだから。

道路に亀裂が入っている。
マンホールが飛び出ている。

瓦屋根と石塀は、ほとんどの家で崩れている。
d0109213_168403.jpg

これは後日撮った写真なので、片付いてるが、
近所の高層マンションの浄化槽のところが地盤沈下していた。
他にも、ホームセンターの灯油の貯蔵槽はやられているところが多かった。

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ウチの前の神社も、鳥居が落下して、燈籠が倒れていた。
今も、この状態のまま。

祖母が留守番してるであろう、ウチに着く。
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by ONI-MISO | 2011-04-16 16:13 | 東日本大震災

東日本大震災

色んな呼び名がありますが、僕はコレが一番相応しいと思います。

覚え書き代わりに、振り返ってみます。
長くなりますが、興味があれば読んでみて下さい。
写真も何枚もあるんですが、準備するのが大変なので、
後でこの記事に追加します。

事前情報として、僕はパソコン、サーバーの組み立て工場で働いています。
フグスマの組み立て工場なんて言ったら、特定されちゃうけど。
ただの組み立て工場なので、薬品やボイラー等、
特殊な設備はなく、コンベアくらいしかありません。
僕の部署は、ラインよりちょっと高い位置にあり、
ラインを見渡せるように、ガラス張りになっています。



まず3月9日に大きな前震があった。
もちろん、前震なんては思っていなかったワケだけど。
ウチの会社には、これから発売される商品の試作機や、
もちろん大事なデータが入ったサーバー等がたくさんある。
柔構造なのか、はたまたボロいのか、凄く揺れた。
揺れ始めてから、周囲を見渡し、
みんな必死で固定されていない端末等を抑えた。
その前震では、何も被害はなかったのだが、
家のプラズマテレビが心配だったのを覚えている。
帰宅して確認すると、落下はしていなかったのだが、
不安なので、次の休みに固定することを決意。


そして、3月11日。
決意も虚しく、巨大地震が先にきた。
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先日のことがあったので、緊急地震速報を聞くなり、
皆端末等を抑える。

が、そんな揺れではない。
自分の力で立ってられなくて、端末を抑えていた手は、
棚や机にしがみつく。

火災報知器がけたたましく鳴り響き、
壁に固定されていたハズの棚が動き、
机の上にあった一体型PCはどんどん落下し、
背後のガラスが割れ、破片をモロに浴び、
さらなる危険を察知し、机の下へ。

すると、エアコンやダクトが落下。
天井の石膏ボードが割れ、落下し、
室内は真っ白、息もし難い。
同僚達が机の下に入ったかなんて、見ている余裕はない。

そして、揺れている時間がもの凄く長い。
長く感じたというのも少なからずあるだろうけど、
おさまりかけたと思ったら、さらに強く、というのが2回あったように思う。


やっとおさまり、机の下から出るも、言葉が出ない。
火事場のクソ力じゃないが、机にしがみついた時にケガをしたらしく、
気がついたら、指先から出血。

極限状態になると、地が出るもので、
普段静かな人がリーダーシップを取ったり、
本来のリーダーが、混乱していたりした。

血をポタポタと垂らしながら、余震を警戒して建物から脱出。
しかし、避難訓練など役に立たず、
我先に逃げ出す人もいれば、
私物をまとめに入る人もいたり、
ちゃんとUPSを切るために、ずっと机の下に潜ってる人もいる。

いざ避難しようにも、避難経路は通れそうにもない。
通路に沿って置いてあった棚が倒れている。
自分の判断で、普段は開けると警備会社に連絡がいってしまう、
機械室を通り、最短ルートで脱出。
皆付いて来てくれた。

今となっては不謹慎だが、妙にハイテンションだった。

脱出後の集合場所に向かうと、他の部署はほとんど集まっていた。
腰が抜けて、自力では歩けなくなってる人もいた。
避難時持ち出し物(バックアップのHDD等)は、誰も何も持ってきてないことに気付く。
現場の方達は、半袖のまま避難してきたようで、とても寒そうだ。

集まったものの、何の指示もない。
幹部も混乱しているのだろう。
1,000人規模の工場なのに、拡声器もない。

やはり大きな会社というのは面倒なモノで、
そのまま1時間ほど経過。
まぁ、余震もおさまらないのでやむなし。
コレを書いてる今でも、落ち着いていないのだから。

すると、地震のせいなのか、快晴だったのに、
突然の吹雪。
と思いきや、また急に快晴になったり。
余震も絶えないし、地鳴りのようなものも聞こえる。
不安は募る一方。
妙にハイだったのは、不安を隠す為だったのかもしれない。

大きな余震もないので、荷物を取りにやむを得ず、
また建物の中へ・・・。


続きます。
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by ONI-MISO | 2011-03-26 14:39 | 東日本大震災